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『准教授・高槻彰良の推察6 鏡がうつす影』澤村御影(著)を読んでもう一人の彰良について考察してみました⑥

神器にもなる鏡

本巻は、すべて鏡にまつわる不思議なエピソードでした。

鏡と言って最初に思いつくのは、「三種の神器」です。
天照大神がににぎのみこと(神武天皇の曾祖父)に授けたとされる三種類の宝物の中に、鏡がありますよね。

神が授けた鏡ですから、この世界を映す鏡ではなく、異界を映す鏡だった可能性もありますし、何かを映すために存在する物ではなく、高価で貴重な装飾品だった可能性もあります。

ですが、響きは「鏡」ですから、やっぱり私たちが持っている鏡と同様の世界を映す鏡を、連想するのが普通の思考でしょう。

「神器」は他に、剣と勾玉がありますが、こちらは、普通の家庭にはない物ですから、実物を見たり手にしたりする機会はあまり無く、普段は思い出すこともない物です。

鏡は、現代人であれば、1人1つは持っている可能性が高いほど、安値で流通している品物です。

古代においては、貴重な高級品だったでしょうから、誰しも手軽に手にすることはできなかったでしょう。
つまり、現代のように、自分で自分の顔を確認することは、古い時代にはできなかったということになるのではないでしょうか。

神器になるような特別な品が、今では手軽に手に入るし、生活に溶け込んで、当たり前のように存在しています。

そして神器の中で、手軽に手元に置けるのは、鏡だけです。
その神秘的で特別というイメージだけが現代にも受け継がれ、私たちの創造性を掻き立てるのかもしれません。

鏡が映すのは、この世界ではなく、対になるもう一つの世界なのではないか?という創造性です。

だからこそ、怪談や都市伝説に鏡が登場する可能性が高まるのではないでしょうか。

彰良が本巻作中で言っていました。
「人は、鏡に映る自分の顔を客観視するもの」


私たちは、普段、鏡を何気なく見ますが、心の奥底では何となく感じている思考があるかと思います。
もしかしたら、これは私の顔であって、私の顔ではないのかもしれない、と。
だって、自分の顔を自分で確認することが、できなかった時代もあったはずです。
だから、自分で自分の顔を確認できるということは、本当は貴重で特別な体験なのかもしれないんです。
自分が見ているものが真実なのか、鏡が真実を映し出しているのかと、疑う気持ちは、心の奥底にあるはずです。

そういった思考が、もう一つの世界には、別の私がいるのかもしれないという期待を生むのは当然のことです。

値段が安くなってしまっても、鏡の神秘的な価値は今でも損なわれていないように思います。

そういえば、子供の頃は、夜中に鏡を覗くのが怖い時代もありました。

本巻を読む前に、すでに読んでしまった方は、後でもいいのですが、、
子供の頃、鏡を見た時の純粋な気持ちが、どんなものだったのか、思い出してみるのも楽しいのかもしれません。

もう一人の彰良についての考察

本作の主人公である高槻彰良は、12歳のある日、自宅から忽然と消え、行方不明となり、それから1か月後に京都の鞍馬近くで発見さました。
所謂、神隠し事件と呼ばれている事件の被害者です。

発見された当時、彰良は、背中の皮膚が大きくはぎとられて、血を流していました。
行方不明だった1か月間の記憶は残っておらず、警察も事件の解明ができず、未だに真相は謎のままです。

だから彰良は、自分の身に何がおきたのか解明しようと、民俗学を学び、大学で教鞭をとり、「隣のハナシ」というサイトを運営し、本物の怪異を探しながら、いつか答えが見つかると信じて生きているのです。

ですが、前巻で、彰良の中にいるもう一人の彰良が、神隠し事件の真相に触れる記憶を、毎回、彰良から消しているという事実に気付くことになりました。

彰良はすでに忘れてしまっているため、それがどんなものかはわかりませんが、彰良は何者かと制約のようなものを交わし、人の世界へ、自分の家へと戻されることを許されたものと思われます。(前巻の話からの推察)

ということは、彰良が神隠し事件の記憶を取り戻すと、約束違反となり、再び人外の世界に連れていかれてしまう可能性もあるように思うのです。

神隠し事件の後から、彰良には大きな変化がおきました。
鳥を異様に怖がり、記憶力が異様に高くなり、たまに瞳の色が青く昏く輝くというものです。

さらに、彰良の叔父:渉や、尚哉が目撃したように、彰良の中には彰良以外のもう一人の誰かが巣くっているという事実もあります。

ここからは私の勝手な憶測ですが、
鳥を異様に怖がるのは、彰良が、背中の皮膚をはぎとられたことに起因しているのではないかと推察します。

鳥を見たり、というより鳥の羽がバサバサする音のほうが、もしかしたら、彰良の記憶を呼び覚まそうとする原因になっているのかもしれませんが、、とにかく皮膚をはぎとられたときの記憶はなくても、そのとてつもない恐怖心だけは、鳥をきっかけに蘇ってくるため、異様に怖がっているのではないかと思われます。

鳥を見た後に、彰良が気絶することがあります。
恐怖だけで気絶している場合もあるのでしょうが、おそらく、気絶させているのは、もう一人の彰良なのではないでしょうか。

鳥に関連する恐怖心から、彰良が記憶を取り戻しそうになっているため、もう一人の彰良が、彰良を気絶させ、再び記憶を奪っているのかもしれません。

もう一人の彰良が表に出てくるのは、彰良が気絶している時なのではないかと思われるからです。

記憶力が異常に高いという能力は、彰良自身のものではなく、もう一人の彰良の能力になるのではないかと思われます。

彰良が見聞きしたすべてのことを、もう一人の彰良が記憶しておく必要があるため、備わった能力である可能性があるように思われます。

最後に、瞳が夜空のように昏い青に変化する現象ですが、、
こちらも間違いなくもう一人の彰良が、表に出てきて、彰良が見聞きしているものを一緒になってじっと眺めている時に、瞳が青くなるのだと思います。

怪異かもしれない何かに彰良がふれる可能性があるときに、もう一人の彰が確認しようと思って、少しだけ表に出てくる現象なのではないかと推察します。

怪異かどうか確認して、怪異だったら対処して、怪異でなければそのまま引っ込む。
そういう行動を繰り返しているように思えるのです。

本巻でも尚哉が推察していますが、つまり、もう一人の彰良は、彰良を守っているのです。
その理由を尚哉は、彰良を好きだから守っているのではないかと、推察したようです。


私は、それもあるけど、それだけでもないように思いました。
彰良が人として、生を全うできるように、彰良の人でいたいという願いを叶えるために、彰良の中で、彰良を守っている。
まずは、そう考えるのが妥当でしょう。

さらには、彰良を独占したいという、もう一人の彰良の私利私欲があるという可能性もあるかと思います。
神隠し事件の記憶を取り戻すことは、もう一人の彰良にとってもまずい事態になるのかもしれません。
今の状態であれば、彰良は自分のものです。
ですが、記憶を取り戻せば、彰良は自分のものではなくなるという事態に発展する可能性もあるように思えるのです。

つまり彰良を守っているのは、単純な親切心だけでもないような気がするのです。

人からも、人外からも愛されてしまう彰良は、誰よりも幸せであるべきなのに、それが許されない業のようなものを背負ってしまっているように感じます。

今のまま、思い出さずに生きていけば、それなりの自由と楽しい人生は享受できそうですし、これ以上は事態も悪くならないようにも思います。

読者からすると、思い出さないほうが幸せなのでは?とも思えるのです。
ですがそこは、小説ですから、彰良は自分の探究をやめないでしょうし、やめてしまったら生きる意味を見失ってしまい、生きることもできなくなってしまいそうです。

だからこれからも、彰良の怪異探しは続くはずです。

いつか、すべての真実が明らかとなった時、彰良が今よりはちょっとでもましな楽しい人生を歩めたらいいのになと思います。

准教授・高槻彰良の推察6 鏡がうつす影

第1章 お化け屋敷の幽霊
まずは、お化け屋敷に設置された年代ものの鏡です。
現代は、誰もが、ある程度の水準を維持して生活できる平和な世の中です。
それは言い換えると、退屈な世界の中にいるという考え方もできます。

だからこそ、人は、日常の豊かさをそっちのけにして、非日常のスリルを味わいたくなる矛盾した生き物でもあります。
そういった人の心理を利用して、お化け屋敷を作り、そこに鏡を使用するという演出が施されたお話でした。
世の中のテーマパークは、そうやって作られているのだなと思うと、感慨深いものがあります。

第2章 肌に宿る顔
こちらは、実際の鏡が出てくるわけではありませんが、鏡を連想させるお話です。
誰も自分を見てくれない、誰も気づいてくれないという思いが、やがて、ただ一人の人に見つけて欲しいという願いへと変わり、そうこうしているうちに、本当の自分を見失ってしまった人が登場します。

彰良が天狗様と呼ばれていた時代に、救うことができなかった人が、過去からやってくるお話だったのだと思います。

第3章 紫の鏡
こちらは、「紫鏡」という言葉を20歳まで覚えていると死ぬ、あるいは不幸になる、と言われている都市伝説にまつわるお話でした。

もう一人の彰良が活躍します。
人は、欲望には勝てない生き物なのでしょうか。
呪われるとわかっていても、手放さなければならないものを手放せない一族の哀しい物語だったようにも思います。

ところで本巻では、尚哉が、大きく変化しますので、そちらもお楽しみください。