それでも希望は必要です!
形があるもは、すべて、いつかは壊れます。
形のないもの、例えば、人と人との間に生じる感情も、永遠に続くものではないのかもしれません。
つまり、この世にあるものは、須らく、いつかは壊れ失われてしまうものなのかもしれません。
じゃあ、どうせ壊れるからと言って、初めから物を買わないで生活できるかというと、そういうわけにもいきません。
壊れるし、そのうち買い替えることはわかっていても、生活に必要なものは買いそろえておくものです。
ですが、人との関係は、物と同等に扱うこともできません。
そう単純に割り切って、使い捨てにするわけにもいきません。
物と違って、いつか壊れ失うことになるのは、とても恐ろしいことだからです。
その人が好きであれば、好きであるほど、失われた時の苦しさは何倍にも跳ね返ってやってきます。
だから、初めから友達を作らず、一人で孤独に生きる。
八雲のこれまでの人生はそういったものでした。
まるで色のない世界に、風景に溶け込むようにひっそりとたたずんでいる。
そんなイメージを感じます。
晴香と出会う前はです。
ですが、晴香と出会った八雲は、確実に変化しました。
八雲のいる景色に、様々な色が付き始めました。
これまで長く付き合っていた後藤の本当の気持ちにも気づくことができました。
人と向き合うことを避け、目をそらしていた現実にも、顔を上げて見つめあうことができるようになったんです。
周りをよく見まわすと、自分を見てくれている人が何人もいたことに気づき始めたんです。
どんなに絶望の淵に追いやられても、人は希望を見出せる生き物でもある。
それに気づいたのかもしれません。
希望を失うのが怖いから、初めから希望を持たないほうがいい。
そうわりきって生きてきた八雲ですが、
人と人を結ぶ感情は、そう単純なものではないんです。
わりきったつもりでも、わりきれることはありません。
つまり、希望を持たないようにと努力することは、無駄な抵抗なんです。
希望は、誰しも持ってしまうものだし、
生涯、持たずに生きることも不可能だし、
ましてや、人が人を愛する感情は、理性で止められるものでもないんです。
自分で自分を偽って、希望から目をそらしていただけなんです。
何もかもを失ったとしても、希望だけは失えないことに、気づいたのかもしれません。
今回も、八雲は絶望の淵に追いやられます。
そして、晴香によって救われます。
本人もそう自覚しています。
ですが、本当にそうなんでしょうか?
晴香という存在が特別だし、晴香の力は絶大なのだとは思うんですが。
八雲が、諦めず、晴香を求める気持ちと、そこに希望を見出さなければ、晴香の声が八雲に届くことはなかったのではないか?とも思うんです。
一度、手にしたものを失うのは、怖いものです。
その怖さを、どうやって、八雲が振り払っていくのか。
その経過をぜひ、本巻で味わってみてください。
心霊探偵八雲9 救いの魂
小沢晴香:八雲と同じ大学に通う学生。
後藤和利:元刑事。今は探偵。
石井雄太郎:刑事。
英心:僧侶。亡くなった斉藤一心の師匠。
宮川英也:刑事
畠秀吉:監察医
土方真琴:新聞記者
斉藤奈緒:後藤の養女になる
後藤敦子:後藤の妻
誉田:刑事課長
島村恵理子:刑事、後藤の同期
中村:刑事
滝沢:真琴の元同僚。山梨の新聞社へ出向中
蒼井秀明:八雲の高校時代の同級生
蒼井優花:秀明の妹
前田寛久:秀明が勤める運送会社の代表取締役
前原里奈・内川広樹:樹海探索していたカップル
前原文子:里奈の母親
中里頼子:後藤が経営する探偵事務所の依頼人
頼子の息子
井本康夫:優花を襲った強盗犯
真奈美:井本の元妻
井本の娘
檜山健一郎:樹海で見つかった死体
峰岸京佳:慈光降神会の教祖
七瀬美雪:両眼の赤い謎の男に心酔する
両眼の赤い男
彼女はある事件に巻き込まれ、意識不明の重体に陥りながらも、誰かを救うために、生魂となって八雲の前に現れたのでした。
八雲は、彼女の思念を聞き、謎を追い、事件の真相に気付きますが、ただ真相を明らかにしても誰も救えないことに気が付きます。
悩み苦しみながらも、友人を救うために動く八雲の優しさに触れてみてください。
【序章】
高校生時代の八雲が登場します。八雲が同級生の男子と会話をしている場面です。
この頃の八雲は、いつも、一人でいることを望んでいました。
そんな八雲に正面からぶつかってきた唯一の同級生だったのかもしれません。
【第一章 邂逅】
八雲と晴香は、大学4年生の秋を迎えていました。
八雲と過ごせる時間が残り僅かになったことを悟り、晴香は不安を感じ始めます。
晴香は、大学卒業後、教職の道へ進むことになりました。
それを八雲に報告するため、八雲の部屋を訪れます。
そして、八雲が自分の将来について話をしている最中に突然、女性の霊が現れます。
この女性は、八雲の高校時代の同級生:蒼井秀明の妹:優花でした。
一方、前巻の事件で警察を懲戒免職になった後藤は、心霊専門の探偵事務所を開き、英心の口利きで、心霊相談の仕事を始めました。
後藤が警察組織を追われ、残されることになった石井は、左遷されて新たに上司になった宮川と一緒に、事件の捜査を始めることになります。
【第二章 狂乱】
高校時代、一人孤独に過ごしていた八雲に、正面から向き合おうとした人物がいました。
序章で語られているエピソードで登場した男子:秀明です。
そして、今回の心霊騒動の渦中にいる人物でもあります。
高校時代は、秀明の手を振り払い、逃げるように背を向けた八雲でしたが、今回は自ら、秀明を訪ね、秀明と向き合おうと努力します。
積極的に人と関わろうとする八雲の成長ぶりが伺えました。
一方、後藤は、樹海で死体を発見した女子大生の心霊相談にのっていたんですが、その最中に幽霊にとり憑かれてしまいます。
八雲は後藤を救うために動きます。
それはとても大胆で突拍子もない方法でした。
【第三章 救済】
八雲には、救いたい人がいました。
ですが、自分が誰かを救うなんてことは傲慢な考え方でもあります。
事件に巻き込まれ、思わぬ不運に見舞われながらも、自分なんかが救いの手を差し伸べてもいいのか。
どうやって救ったらいいのか。
八雲は、自問自答しながら、事件の真相へと迫っていきます。
よくある探偵ドラマで、探偵役が推理を披露していく場面がありますよね。
今回の謎解きは、そんな雰囲気で行われます。
事件の渦中にあるすべての人が一堂に会して、八雲の謎解きを見守ります。
【終章 その後】
今回の事件は、いちお解決することができましたが、一件落着とは言えない、後味の悪い幕引きとなりました。
八雲が最後に受けた傷は、ある意味、八雲をこれまで以上に苦しめることになります。
【添付ファイル 盤上の駒】
八雲と晴香が、他愛もない何かを一緒にする瞬間を楽しんでいる場面が描かれています。
【あとがき 作者:神永学】
神永先生のここまでの作家生活は、八雲とともにあり、八雲は特別な作品なのだと思います。
物語の定番
毎回、様々な危険が待ち受けている八雲です。
シリーズの初期は、てっきり、晴香だけが危険な目にあい、八雲がナイトのように救い出すのが定番のミステリーなのかと思っていました。
探偵役が毎度危険にさらされるミステリーなんて、そうそうないという認識だったためです。
ところがどうでしょう。
晴香以上に、八雲も後藤も危険な目にあうんです。
だから毎巻、ハラハラしっぱなしで、落ち着く暇がありません。
それから、これはミステリーと関係なく、物語と言えばの定番なんですが、
未来に向かって、男女が共に幸せになるような約束をすると、
決まって、
どちらかの身が危うくなるような事件が起こり、約束が果たせなくなる事態が待ち受けているものです。
今回も、途中で嫌な予感がしてましたし、そういった意味では次巻でも、同じような理由で、本巻以上に嫌なことが起こりそうな予感がヒシヒシとしています。
だから、八雲と晴香は友達のままでいたほうがいいのかもしれません。
読んでいるこちら側としては、心臓に悪いです。
本音は、やっぱりくっついて欲しいのですが。
もうジレンマに陥ってます。
八雲の後藤への突っ込みは、相変わらずですが、八雲以上に英心が面白いです。
いつの間にか後藤が「熊」に定着してしまいました。
最近は、電車で読むのが辛くなってきました。
おかし過ぎて、声をだして笑ってしまいそうになるからです。
八雲は晴香と後藤と一緒にいるときが一番、生き生きとしていて、人生を楽しんでいるように感じます。
八雲にだって幸せになる権利はあるはずです。
というより絶対幸せにしてあげたいと晴香も後藤も思っています。
でもそう願えば願うほどに、幸せから遠のいていくような感じもするんです。
そもそもそんなこと願うってことは、心のどこかでは、八雲が幸せになる未来がないと感じているからなのかもしれません。
本巻の八雲が悩んでいたように、どうやったら八雲を救えるのかが、全く分かりません。
でもきっと神永先生が救ってくれると信じます。