叙述トリックの代表作品
以前にも書いたことがあるのですが、
最近の推理小説は、読者をどれだけ驚かせることができるのか、どれだけ未知の展開に持っていくことができるのかを勝負している作品が多くなりました。
だから、読者は皆、騙されたい、裏切られたいと思いながら小説を読むようになってしまったのです。
本作『烏に単は似合わない』は、そんな新時代の推理小説の幕開けを作った作品の筆頭と言ってもいいでしょう。
推理小説どころか、恋愛小説、時代小説、異世界ファンタジーといった多岐にわたるジャンルの常識、そのすべてを覆す作品でもあります。
購入した当時は、帯に「予想を裏切る」と書かれていたので、どれだけ裏切られるのか?と思いながら読み始めました。
ちなみに、購入した当時というのは、今回紹介する2作品が、ハードカバーから文庫にシフトチェンジした頃のことですので、2015年頃になります。
読み終わった直後に感じた印象は、「予想を裏切る」という表現では何かが違う、というより全然足りてない!というものでした。
日本人が子供のころから学び、吸収し、自分自身を培ってきたすべての物語が、一瞬で覆されてしまう。
日本人として、いつの間にか勝手に形成されていた物語の固定概念が、すべてひっくり返されてしまうほどの衝撃、それが本作に感じた印象でした。
すでに漫画化されているようですし、2024年4月からNHKでアニメ化もされるようです。
(アニメは、2作目の『烏は主を選ばない』側を描くようです)
ですが、まずは、この叙述トリックを、絶対、小説で味わってみたほうがいい!
個人的にはそう思います。
漫画やアニメは、想像が追い付かなかった情景を補い、自分の中の答え合わせに使用することができるので、小説を読んで結末を知ってしまった後でも、十二分に楽しめると思うんです。
今回最初の2作品『烏に単は似合わない』『烏は主を選ばない』を一緒にご紹介するのは、この2作品は同時に読む必要があるためです。
『烏に単は似合わない』は後宮を舞台にした女性たちの物語です。
『烏は主を選ばない』は『烏に単は似合わない』と全く同じ時間軸の男性陣の物語です。
つまり、作品の裏表として物語が展開しています。
どちらが表で、どちらが裏になるのか、それは読者それぞれの判断になるのかなと思います。
阿部智里先生について
ご存じの方も多いかと思いますが、、
『烏に単は似合わない』が、阿部先生のデビュー作品になります。
2012年、若干二十歳の女子大生が、史上最年少の若さで松本清張賞を受賞したということで、かなり話題にもなっていたかと思います。
異世界ファンタジーというジャンルの小説が、松本清張賞を受賞するということは、現在の推理小説界に大きな衝撃を与えたものと思われます。
本作は間違いなく、推理小説界の新たな幕開けを担う作品になるでしょう。
色々と思うことはありますが。
その若さで、ここまでの心理描写が描けるのか?
学生生活だけでは経験することのできないような人間関係の縮図まで、すっかり描いてしまっているその手腕に、本当に驚かされます。
さらにすごいのは、1作目だけでは終わらなかったことです。
2作目の『烏は主を選ばない』が、1作目以上の面白さと衝撃を持った作品だったのです。
それではそろそろ、本題の2作品の世界へと向かいましょう。
と言っても、実は何も書けないんです。
何を書いても、その魅力が全部、ネタバレに繋がりかねません。
なので、印象のみのご紹介になってしまうかと思います。
言いたいことはたくさんあるのに、、、残念です。。
烏に単は似合わない
舞台は、平安時代を連想させる後宮です。
自然と、源氏物語の光君の屋敷をイメージしながら読んでいました。
女性たちの戦いが繰り広げられています。
誰しもに色々な思惑や事情があって、それらが紐解かれていくのは圧巻でした。
煌びやかで雅な世界を垣間見ることも醍醐味の1つでした。
4人の女性が、若宮の妃候補として入内してくるんですが、当初、女性だけの世界ばかりが描かれ、若宮はなかなか現れません。
若宮なんて本当はいないのではないか?
と疑いたくもなる展開が続きます。
そもそも宮中で、何かが起こっていたのだろうか?
それすら、判断ができないまま読み続けている感じでした。
つまり犯罪があったのか、なかったのか。
そもそも何を推理する小説なのか。
推理は必要なのか。
根本からすっかり騙されていたようにも思います。
これまでにない感覚の格別の面白さを味わいました。
そして最後の終章がとてもいいんです。
すべての始まりに戻ります。
人を美しいと思う心と、同時に、自分にとって一番大切なものが何であるのか。
それに気づかせてくれるエピソードです。
そして、ちょっとした皮肉でもあったような気がします。
つくづく思うのは、人の気持ちは他人には計り知れない。
自分の気持ちは自分にしかわからないし、自分だけのものであるということです。
大切な何かは、きっとすぐそばに当たり前のようにあるものなんです。
そう思います。
巻末の解説(書評家:東えりかさん)を読んで改めて思いました
作品の美しさ、クオリティの高さ、ミステリーの深さ、登場人物たちの個性とその魅力、本作はどれをとっても1級品です。
誰も追いつけないほど先を歩いている阿部先生を尊敬します。
一瞬で大ファンになってしまいました。
人の心の奥底に潜む、言葉に表しづらい感情や、欲望、人の神髄というものを二十歳ですでに達観していたのかと思うと、本当にびっくりで、すごいとしか言葉がでません。
巻末の解説では、松本清張賞受賞の関係にも触れていますので、最後までぜひ読んでみてください。
烏は主を選ばない
初巻が、あれだけの大作だったわけですから、次巻は、絶対物足りなくなるって、普通思いますよね?
そこからしてもう大きく裏切られた感じがします。
初巻を遥かに超えてきた感じです。
本巻は、初巻と同じ時間軸で、初巻の裏で繰り広げられていた男性陣の戦いです。
初巻では、若宮はなかなか姿を現しませんでした。
このまま初巻では、若宮は登場しないんじゃないか?と、懸念しながら読むほどに、若宮の影が全く感じられなかったんです。
若宮という言葉でしか、その存在が明示されない設定なのではないか?と思われました。
ですが、本巻を読むと、その理由がありありと分かります。
こんなにも忙しく、陰謀と戦う日々を送っていたんだなと、しみじみ思いました。
どうりで出てこないわけですよね。
とても初巻に顔を出す時間なんて、なかったんです。
いろんな意味で納得しました。
初巻から持ち越された、細部にわたる事情や伏線の答えも、本巻ですべて明らかになりました。
ここまで奥が深かったとは。。
改めて完敗したと言うか、感銘を受けたというか、とにかく、すさまじくすごいとしか形容できません。
今回の主役は、雪哉という少年です。
雪哉は純粋な少年なんです。
かわいいんです。
そして聡い子なんです。
すっかり雪哉のファンです。
たぶん若宮も雪哉のファンです。
雪哉のおかげで、若宮のことも、好きになれました。
雪哉が若宮を好きになる過程は、そのまま、読んでいる私たちが若宮を好きになる過程になったのではないでしょうか。
だって、この物語は金烏の物語なのだから。
いちお若宮のための物語なのだから。
すでに文庫の最新刊まで一通り、読み終わっていますので、、
これからの雪哉が、何を見て、何を求めて、走って行くのか。
少年だった雪哉が大人になり、そして行きつく先に何が待ち受けているのか、求めるものがそこにはあるのか、それはまた別の機会にお話ししましょう。
巻末の解説(書評家:大矢博子さん)を読んで
何もかもまさにおっしゃる通りで、びっくりします。
私もおんなじこと思いました。
解説を読みながら思わず、そうそうってつぶやいていました。
みんな感じるツボは一緒なんですね。
読みながらうれしくなって、盛り上がりながら作品を振り返ることができます。
巻末の解説も、最後までぜひ読んでみてください。