作品紹介
主人公の桃花(とうか)は、後宮一区に住まう寵妃の侍女として登場します。
後宮に住む妃嬪たちは、多くの女官を召使として従えていますが、その中でも「侍女」というのは、女官の一番上の位になるようです。
桃花は、侍女に相応しい美貌を持ってはいましたが、、
ほとんど房(へや)から出ないのをいいことに、数日同じ着物を着続けたり、髪を梳かさず過ごしたり、顔に墨がついていても気にしなかったり、毎日のように昼でもうたた寝したりと、ぐうたらで無為な生活を送っていました。
そんなある日、皇后に仕える美しい宦官:延明(えんめい)に出会います。
延明に協力し事件を解決することで、その才能を見出され、『後宮の検屍女官』として活躍することになります。
一方の延明は、代々高官を輩出してきた名門孫家の長男として生まれ、祖父は閣僚、父は皇太子の教育係、自身は皇太子のご学友という、見目麗しく、順風満帆な貴公子として育ちました。
ですが延明は、無実の罪に落とされ、自身の意思に反して生かされ、宦官にされ、後宮という魔の巣窟で、もまれ、したたかな人間に変貌していました。
互いにそれぞれ、生きる意味と生きていく道を見失い、迷子になっていた桃花と延明でしたが、2人が出会ったことで運命は大きく動き出します。
そして後宮に巻き起こる様々な事件に立ち向かい、解決し、それぞれの夢を叶えるために、2人で共に歩む道を選びます。
後宮の検屍女官
主人公の桃花は、朗らかな美しさを持つ女性です。
目立とうともしませんし、のんびりと自分のペースで生きています。
普段は、寝てばかりですし、あまり言葉も発しませんし、動きも緩慢です。
ですが、自分の興味のあることや、検屍となると、途端に生き生きとして、人間らしくなります。
そして自分の目的のためには、自分の身を危険にさらしても、成し遂げようと体当たりしてもきます。
ほっておくとどこで何をやらかしているのか、読者としては、ちょっと心配にもなります。
頭がよく、冷静に周りを見ていて、人が気づかないようなことにも気づきます。
態度が素っ気ないので、冷たいように見えますが、実は、友達思いの優しい女性です。
そして相手役は残念ながら宦官の延明です。
正真正銘の宦官なので、本当に残念です。
ですが、もとは男性、やはり美しい女性が好きという感情は持っています。
そして、どう考えても桃花を気に入っています。
というより、どんどん好きになって行きます。
少なくとも、皇太子や皇帝から隠しておきたいと思うほどには、好きなんだと思います。
桃花から、人間として認められたい、もっと欲を言えば男性として見て欲しい!
と思っているのではないでしょうか。
今後、二人の関係がどう変化していくのかとても楽しみです。
さて、舞台は最近はやりの後宮です。
後宮といえば、悲恋や事件事故など、なにかと物騒な場所です。
そんな中に迷い込んでしまった桃花は、運がいいのか悪いのかわかりませんが、、延明と出会ったことで、大きく歯車が動き出したように思います。
そして後宮で起こる様々な死に直面し、検屍を通して解決していきます。
後宮で生き抜きながら、検屍官になれるのか、一生出れないはずの後宮でどう生きていくのか、解放される日が来るのか、今後の展開が楽しみです。
延明の鎧
1巻での延明は、中宮尚書(ちゅうぐうしょうしょ)という役職についていました。
中宮とは皇后の住む宮を指しますので、皇后の腹心の部下という位置づけになります。
表向きの役職は、皇后の文書係ですが、、
その実態は、見目麗しい宦官の部下に、後宮女官を誘惑させ、皇后のための内通者を作ることだったのです。
もちろん延明自身も、女官を誘惑する役に入っていました。
もともと女性を口説くなんてことは、延明だってやりたくはなかったんです。
宦官になる前、官吏だった頃は、愚直で真面目な男性でした。
ですが、自分の容姿の良さは充分に理解していますし、皇后の命令には逆らえません。
延明は、たまたま出会った桃花が、皇后の敵陣営のボス:梅捷妤(ばいしょうよ)の侍女だと知ると、必死で、口説きにかかります。
延明のわざとらしさが大げさで、口説かれていることに、全く気付かない桃花とのやりとりが滑稽で、思わず、プッと笑ってしまいました。
ですが桃花は、気づいていないようで、肝心なことにはちゃんと気づいていたのです。
初めて出会った時の延明の印象を、桃花はこう表現しました。
"笑顔が嘘くさくて腹黒そうな方"
では延明の桃花への第一印象はというと、こう表現しました。
"ぐーたら寝る以外には野心もない老猫"
しかも延明は自分の顔に絶対の自信を持っていますから、自分になびかない女性はいないと思っているようなんです。
つまり、自分になびかない桃花は、女色家だと勘違いしていました。
最初ですから、色々と誤解が生じてしまうのは仕方がありません。
でもこういった誤解は、わりとすぐに解けます。
第一章の最後に、延明が真実の笑顔を桃花に見せる場面があります。
この時、文中では、桃花の気持ちが語られていませんが、おそらく、桃花は延明について何かを感じたのだと思うのです。
同時に延明も、紅梅に見立てて、桃花が話してくれた例え話から、桃花という人間の本質に気付いたように思います。
その答えは、第二章を読むとわかります。
延明の胡散臭い微笑みは、延明自身を守る鎧であるということをです。
冤罪は晴れても、身分は回復されても、官吏に戻ることはできても、後宮を出たとしても、決して元の自分に戻ることはできません。
欠けた体はもう元には戻らないのです。
生きる道を見失い、生かされてしまったから、生きるしかない延明にとっては、おそらく、後宮も後宮の外も、もはや自分の居場所ではないのです。
ただ生きるしかなかった延明にとって、自分をさらけ出すという行為は、怖いものでしかなかったのではないかと思います。
もしかしたら延明自身ですら、本当の自分を見たくなかったし、誰にも知られたくなかったのかもしれません。
おそらく、複雑な思いが延明の中で交差して、自分でも、言葉にすることが難しい感情が渦巻いていたのかもしれません。
そんな自分を、自分からも、誰からも、見られたくないし知られたくないし、見せたくもないし知らせる必要もないと思いながら、後宮で生きていたのかもしれません。
そんな時、桃花に出会いました。
桃花は、うわべではなく本質を見抜く力を持つ、優しい女性です。
普段の機微には疎くても、肝心な時には、ちゃんと見ていてくれるし、肝心な言葉はちゃんと掛けてくれます。
そもそも桃花に鎧をまとっても、無駄な事なのです。
延明の鎧は、桃花には通用しません。
そして巻を重ねるごとに延明は、桃花に傾倒して行き、何もかもをさらけ出してもいい、いや、さらけ出したいと思い始めていくように感じます。
1巻での延明は、主に女官に対して、鎧の笑みを使っていたのですが、2巻以降は官吏になりますので、高官に対しても、宦官に対しても、鎧の笑みで対応していきます。
ですが、桃花と過ごす時間だけは、きっと素の延明なのです。
事件が解決すると、二人は必ず対食を行います。
仲睦まじい姿は、まるで夫婦のようにも見えます。
この二人の対食の場面が、物語の大切なエッセンスになっていますので、今後も注目して楽しんでいきたいと思います。