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『Unnamed Memory II 玉座に無き女王』古宮九時(著)を読んで、王と魔女の物語の中間報告を書いてみました。

オスカーとティナーシャの問題解決

オスカーは15年前(5歳の時)、沈黙の魔女に呪いをかけられました。
この呪いを解くことが、己の人生で負うべき最も重要な責務でした。
呪いのせいで、オスカーの人生は大きく変わってしまったのです。

ですが、この呪いについては一旦、本巻の第2章で、あっさりと解決してしまいます。
オスカーは人生の大半を費やして、この問題に取り組む覚悟をしていたはずです。

15年間の苦労は、ティナーシャによって、オスカーが寝ている間に解決されてしまいました。

そしてティナーシャは、400年もの間、過去に囚われ、その贖罪のために生きながらえてきました。
そこにはティナーシャを生かすだけの意味と義務があったように思います。

ここでやっと、追い求めた過去と対面することになりました。
400年前はまだ幼い少女で、味方もなく孤独の中にいたティナーシャには何もできませんでした。
ですが今は違います。
オスカーがいます。
もう一人ぼっちで戦う必要はないのです。

ティナーシャもオスカー同様、本巻の第6章で、過去のすべてを解決に導きます。

普通なら、もう魔女である必要がなくなったティナーシャが、オスカーと共に年を取り、人としての人生に戻る道を選択して、物語が幕を閉じるものではないかなと思います。

ですが、本作は、まだまだ続きがあるようです。
ティナーシャを地獄に叩き落し、魔女にしてしまった存在が消え去ることすら、本作にとっては1エピソードに過ぎないということなのでしょう。

まだ登場していない魔女もいます。
沈黙の魔女がオスカーに呪いをかけた理由も不明のままです。
本作にとってはおそらく、魔女たちが、オスカーとどう関わっていくのか、ということがテーマになるのかもしれません。

そしてあとがきによると、次の3巻で、王と魔女の物語は終わりを迎えるようです。
ここまでですら、大規模なイベントが大放出されている作品であるのに、これ以上の何が起こるのでしょうか。

そして、ティナーシャがオスカーを男性として見る日が来るのでしょうか。
2巻ではまだ、どっちに転ぶか不明な展開が続きます。

Unnamed Memory II 玉座に無き女王

1.魂の呼び声
前の巻から引き続き嫌な影を残しているクルクスの話題が出てきました。
ティナーシャの知らないところで、着々と何かが始まっていて、ティナーシャを封じるための準備もなされているような漠然とした不安を感じさせるエピソードです。

2.貴方のことを思う
とうとうクルクスが動き出しました。
クルクスを探らせていた使い魔から報告を受けたティナーシャは、もう自分に残された時間があまりないと悟ります。

過去の狂気の中に生き続け、囚われているティナーシャが、未来に残せるものは、オスカーしかありません。
オスカーのために、祝福の呪いを解かなければなりません。
オスカーがオスカーの為すべきことができるように、最善を尽くすしかないのです。

この章は、ティナーシャのオスカーへの深い愛が感じられるお話でした。
ですが、ティナーシャ自身がその気持ちに気付いていません。
気づいても、もうそれは何の意味もないことだと、諦めているようでした。

そして、オスカーを守るためのすべての防御を完璧に設定していくのです。

そうして別れの時が来ます。
その直前に、ティナーシャがオスカーに問います。
ルクレツィアの術を解いた時の私の言葉を覚えていますか?

1巻から時間的な間を空けず、読み続けている私でさえ、この問いの意味を思い出せませんでした。
すぐに1巻の6章へ戻って確認しました。
ティナーシャが残した最後の言葉の意味は、下記になります。
(実は、この次の3章の最期に、ティナーシャの言葉が出てきますので、私のように1巻に戻らなくても大丈夫です。)

オスカーが王剣アカーシアの持ち主で、ティナーシャが魔女でいる限り、いつかオスカーは本当に、ティナーシャを殺さなければならない

つまり、次に戦場で逢う時は敵だ。
いつかはもう、いつかではなく、すぐ傍まで迫っているとティナーシャは言いたかったのかもしれません。

3.深淵の生まれる時
ティナーシャは、オスカーの守護結界を解かずに、ドランゴンを残してファルサスを去りました。
ティナーシャの事情を何も知らないオスカーでしたが、ティナーシャを連れ去ったラナクは、何かがおかしい存在だと気づいていました。

唯一、事情を知っている可能性がある魔女:ルクレツィアから、ティナーシャの過去に何が起こったのかを聞き出すことになります。
ティナーシャがまだ魔女になる前の人間だった頃、13歳の少女にはあまりにも過酷すぎる悲劇が起こりました。

ティナーシャが、今のように優しく微笑むことができるようになるまでには、どれほどの年月を必要としたのでしょうか。

そしてティナーシャはおそらく、生き残ってしまったことへの決着をつけに行ったのです。
本当であれば400年前に亡くなるべき存在でした。
失ってしまった多くの命に償うため、過酷な過去を乗り越えて、生き続けているのです。

ただ傍にいるだけでいいと、愛情を示し続けるオスカーと共に過ごした日々は、一時、ティナーシャの心の慰めになっていたのではないかと思います。

だから、ティナーシャはオスカーを受け入れ始めていました。

ですが、ティナーシャが本来の務めを忘れることはなかったのです。
そして、ティナーシャは、今までもこれからもずっと青き月の魔女のままなのだとオスカーも悟ったのではないかと思います。

ティナーシャが生涯で一番苦しい時に、傍にいてやりたかったとオスカーは思います
ですが過去は変えることができません。
だからオスカーは、今のティナーシャを救うことしかできないのです。

オスカーはファルサスを背負いながら、ティナーシャの元に向かいます。
どちらも手放す気はないようです。

本話は、本作が進もうとする未来を知るための、重要な手がかりが散りばめられていたように思います。
ティナーシャの過酷で孤独な運命を救いたいと、オスカーが思ってしまったこと。
それはきっと、これからの二人の道に大きく圧し掛かってくることになります。

さらに、オスカーの父王:ケヴィンが、つぶやく一言「まったく血筋かな」の意味が、何を指しているのか、非常に気になるところです。
オスカーがティナーシャを愛したのは、レギウスの血を継いでいるからという意味だけではないように思うのです。

例えばケヴィンも魔女を愛した経験があるのではないか?と読者としては深読みしてしまいます。
この言葉の意味がわかる日が来ることを楽しみにしたいと思います。

4.感情の形
敵陣営の真っ只中で一人戦っているティナーシャを心配していましたが、思っていたよりは孤独ではなかったのです。
信頼のおける侍女役のパミラと、従者に加わったレナートが、ティナーシャの傍にいました。
二人だけは、ティナーシャの本当の優しさに気付いたのです。
そして国に仕えるのではなく、ティナーシャ自身に仕えると、それぞれが誓っているようです。

読者としては、オスカーを頼らないティナーシャに、少しだけイライラします。
何でも一人で出来てしまうティナーシャはカッコいいのですが、せめて羽を休めるときくらいは、オスカーの隣に戻って欲しいとも思いました。

5.貴方の知らない私
クルクスとの戦いで大敗北したタァイーリは、他の大国に援軍を求めます。
全面的な戦争を避けるため、ティナーシャは、こっそりタァイーリの王太子:ルストの元に現れ、進軍しないように説得します。

そして、魔法士を迫害することは、愚かな行為であると、ティナーシャは毎晩ルストに訴えるのでした。

一方、タァイーリ城に入ったオスカーは、一向に進軍する気配のないルストに苛立っていました。
さらに毎日、王女:チェチーリアに言い寄られ、我慢の限界が近づいていました。

なんと言いますか、タァイーリ兄妹に、ティナーシャとオスカーが付きまとわれ、言い寄られ、迷惑する場面が描かれています。
一見、無駄なことをしてくれる兄妹めと、イライラしますが、おかげで一瞬だけですが、ティナーシャはオスカーに逢うことができました。

おそらくティナーシャは、もうオスカーには逢えないと思っていたはずです。
びっくりして硬直してはいましたが、内心では嬉しかったはずです。
ですがティナーシャは、すべての感情に蓋をして、自分の目的だけに集中する決意をしたようにも見えました。

6.夢の終わり
タァイーリのルスト王子のせいで大きく出遅れてしまったオスカーでしたが、ティナーシャの最期の贖罪には何とか間に合いました。
オスカーはティナーシャの望みを叶えるため、自分が為すべきことを為します。

そしてファルサス陣営は、ティナーシャを守るため、皆それぞれがティナーシャの盾になるように立ち、クルクスの魔法士と召喚された魔族に挑みます。

特にオスカーは、クルクスの魔法士長:バルダロスを10分以内に打ち取りますし、ティナーシャを400年苦しめ続けた男:ラナクも、決して逃しません。

戦いに勝ち、ティナーシャの元に戻ったオスカーは、こう言いました。
ルクレツィアの術を解いた時、俺が言ったことを覚えているか?

ティナーシャが第2章で、オスカーの元を去った時に言ったセリフと同じです。
つまり、答えを聞かずに去ったティナーシャへの返答でもあります。
オスカーは何があっても、ティナーシャを害さないということなのでしょう。

いつか自分を殺して欲しいと思っているティナーシャと、絶対に自分より先に死なせないと思っているオスカーは、どこまで行っても平行線なのですが、今は、それでもいいのかもしれないと、2人は思ったのではないでしょうか。

今のところティナーシャが魔女である事実は変わりません。
魔女でいる限り、オスカーと一緒にいられる時間は、あまりにも短く、尊い時間です。
過去でも未来でもなく、ただ今一緒にいるということが、一番大切なことですから。

7.お茶の時間
こちらは、題名のとおり、少し気の抜けるお話でした。
束の間の穏やかな日々の中の、とある1日が描かれています。

ルクレツィアがファルサス城の談話室で、ティナーシャと魔法士たちに試作品の焼き菓子を振舞います。
その世にもうまい焼き菓子には、落とし穴がありました。

何も疑わず、美味しい美味しいとモクモク食べる魔法士たちを見て、読んでいる方としては、そんなに食べちゃって大丈夫?と、にわかに何かしらの罠を感じましたが、、

予想どおり、ただの焼き菓子ではなかったのです。
何と媚薬入りの焼き菓子なのでした。
ティナーシャにはルクレツィアの魔法を解くことができません。

そこでティナーシャは、オスカーと共に、ルクレツィアが出した謎かけに挑戦するのでした。
すっかり元のファルサスで、いつもどおりのオスカーとティナーシャです。
少し前に、クルクスやトゥールダールで、繰り広げられた戦いの爪痕すら感じさせないほどの、のどかな1日でした。

オスカーは国王になっても何も変わらず、冒険好きのままです。
楽しむためなら、とことん何でもやる感じが、オスカーの最大の魅力ですよね。

8.海の青
タァイーリのルストが、オスカーの誕生祝い式典に、ファルサスにやって来ます。
当然、ティナーシャに逢いたくて来るのです。

オスカーはルストとティナーシャを会わせたくないので、会えなくなるように仕向けてみたりします。
ですが、そう思惑通りに事が運ぶはずもなく、ティナーシャとルストは再会することになります。

オスカーには国王としての矜持がありますから、ルストの前では、ティナーシャとは主従関係であり、自分がティナーシャを従えているかのように見せます。

そしてルストに本当のことを暴露し、ルストの恋路への協力すらします。
焼きもち的な感情は、ルストがファルサスに入る前には、見せていましたが、実際にルストが来ると、うまく隠して何でもないような顔で、ルストに接していました。

ティナーシャは王家に魔女の血を入れるのは駄目だと、再三言っていますから、同じ理由でルストが求婚しても断るはずです。
ルストは塔の攻略をしたわけでもありませんし、オスカーがティナーシャにとって特別な存在であることは、ティナーシャがわかってなくても、オスカーにはわかるのです。

ルストごときに負けるはずがないと、もちろん読者である私も思います。
ですが、ちょっとだけ気分が悪いんですよね、大した苦労もせず、ティナーシャに近づく調子の良い輩が。

あくまで、オスカーがティナーシャを塔から下ろしたから、ティナーシャと接触するチャンスを得ただけなのに、ずうずうしいと思わずにはいられませんでした。

9.小夜曲
本話では、オスカーがなんと、娼館通いを始めてしまいます。
とある事件捜査の一環だったのですが、ティナーシャにはもちろん内緒です。

ルスト王子の元に、毎夜通って、王子を説得しようとしていたティナーシャの姿が本巻の第5章で語られていましたが、今度はオスカーが、娼館のクラーラという女性の駆け引きに乗り、クラーラの元に通うことになります。

ルストに対してオスカーは、結構激しく嫉妬していたように思いますが、ティナーシャはクラーラに嫉妬するわけではありません。

ですが、オスカーの執務室が全壊するほど激怒するティナーシャを見ることになります。

本話ではトゥールダールの宝物庫で、ティナーシャが見つけた魔法具が、今後の物語展開に大きな影響を与えてくるものと思われます。
小さな白い石箱に入っている青い鉱石で作られた球です。

ティナーシャは確かに見覚えがあるはずなのに、それが何であるのかを、どうしても思い出せませんでした。

思い出せないけど、覚えている。
それが重要なカギになるような気がします。

10.月のかけら
本話はとても短いお話ですが、オスカーとティナーシャが、ファルサスから遠く離れた湖でデートするお話です。

イチャイチャするのが、当然のようになってしまったことに、ティナーシャは気づき出しました。
かなり良い傾向です。
契約は後残り4カ月なんですが、順調に仲が深まっているのを感じます。
ちょっとしたプロポーズイベントも、ティナーシャは受け入れていました。
オスカーに口説かれて、なびかない女性はいないということなんですよね。
それにオスカーは、ティナーシャを幸せな笑顔にさせるのが、とてもうまいのです。

11.緑の蔦
オスカーはファルサスという大国の王です。
王としての責務を果たす。
国と民を守るのが、何よりも、もちろん己の命よりも優先されます。

ですが、本話を読むと、オスカーの本心はとっくに変わってしまったのではないか?とも思えるのです。

ティナーシャが世界の敵になったら殺してくれますか?
とオスカーに問います。

たぶんそれがティナーシャの願いであるならば、叶えなければなりません。
ティナーシャを優先に考えて決断をするのではないか?とも思えるのです。

王位を継いだ時、すべての覚悟をしたとオスカーは信じています。
でも、本当にそうなんでしょうか。
たとえ世界のすべてがティナーシャを否定しても、敵になっても、オスカーだけはティナーシャの手を離さないのではないかなとも思えるのです。

そして青い騎士の昔話が登場します。
己の命を捨てることで、己が愛した人を守るという切ないお話でした。
この騎士は、愛する人を守るために、どうやら2回、タイムスリップするようなんです。
歴史を書き換えることで、愛する人は守れますが、歴史を書き換えることで、自分が誕生しない未来を作ることになる。
 "時を書き換えられるのなら何を望むのか"
 "すべては塗り替えられる物語である"

本作が指し示すテーマに立ち返るエピソードだったと思われます。

12.束の間、同じ夢を
イトの聖地から砦に戻って、同じ部屋で、体を休める2人のほのぼのとしたやり取りにホッとします。

オスカーは、契約が終わる1年以内に、ティナーシャを振り向かせないといけないのですが、期限がわずかになってきても、焦ることもなく、今の中途半端な関係でも十分に充実していて、楽しいと思ってしまっているようです。

ただティナーシャの傍にいて、いつでも手を伸ばせば、助けることも守ることもできる。
それだけでも十分幸せを感じているようなんです。
オスカーは、この先に何があっても、ティナーシャを守ることができるのなら、それだけで幸せなのかもしれません。

ラナクもよく、守ってあげるとティナーシャに言っていました。
13歳のある日、ティナーシャはラナクに寝台に乗せられ、腹を裂かれました。
そのことが400年間のトラウマとなっていました。

ですがオスカーの守ってやるという言葉も、ティナーシャを寝台に乗せる行為も、ティナーシャの腹を裂くことでさえも、ラナクとは全く異なる意味となります。

互いが互いに寄せる信頼は、日を追うごとに、着実に、深く濃くなっている。
その手ごたえを感じながら、2人は次の幕へと進むようです。

あとがき
こちらのあとがきを読んで、ずっと勘違いしていることに気付きました。
オスカーとティナーシャの物語は、2巻の終了時点で、9カ月が経過しているようです。
つまりあと3カ月しか契約期間がないということです。
だから2人の物語は、次の3巻で終了するということになります。
二人が選ぶ未来が、もうすぐそこまで迫っている。
そう思うと、先を読むのがもったいなくも感じられるのです。

章外:夢から覚めた後に
最期の最期に、ティナーシャがオスカーにじゃれている姿が描かれています。
この時の2人の関係は、飼い主(オスカー)と、ペット(ティナーシャ)にしか見えません。
男女の情というよりは、家族愛のような雰囲気です。
可愛いのでまあいいかとオスカーは思ったようですが、読者もラザルも何となく複雑な気分なのです。