ここまでを振り返ります
延明は、名門貴族の長男として生まれ、20歳までは順風満帆な人生を送っていました。
そこから一気に転落することになります。
それでも悪には染まらず、なんとか持ちこたえて、とりあえず生き延びるだけの無為な人生を送っていました。
どこか生きることを悲観していて、恥じてもいたように思います。
いいとこのお坊ちゃんだったせいで、自分だけが不幸のような気分で生きていたように思えます。
桃花に出会うまでは、自分のことで精いっぱいで、周りの人間の不幸にまでには気が回らなかったのかもしれません。
ですが、桃花と出会いました。
粉々になった延明の魂を桃花が復活させてくれたのです。
本当の自分は死んでなくなったのだと思い込もうとしていた延明を、桃花が見つけ出してくれたのです。
だから延明は、20歳までの自分が、どれだけ恵まれた人生を送っていたのかと考えるようになりました。
当たり前のように、貴族のボンボンであることを享受していた頃には気づけなかった思考です。
そして自分だけが不幸なのではなく、自分より不幸な人間はたくさんいるのだとも気づきます。
周りが勝手に気遣ってくれていた頃には無かった思いが芽生えたのです。
桃花に出会うまでは、、こう思っていたはずです。
自分の人生はこんなはずではなかった。
自分には孫家の長男として、いずれ一族を背負う家長となる身として、やらねばならぬこと、やるべき道があったはずなのに、、と。
多くの人間の血を流させてしまった。
死ななくて良かった多くの命が失われてしまった。
そしてそれは、おめおめと生き残ってしまった自分のせいなのではないかと。
自分には生き残る資格はないのではないかと。
ですが、その考えは徐々に変化しました。
こうならなければ、一生気づくことのできなかった、この世界の真実に目を向けるようになったのです。
おそらく、それに気づいて生きる人間なんて、この世にはごくわずかです。
気づかない方が幸せに生きられる可能性もあります。
または、気づいたとしても、すでに人生も性も奪われ、無為に生きている者もいるのでしょう。
気づいたとしても、気づかなかったとしても、何か悪いことが起こった時に、ただそれを享受するだけの弱い人間を、誰かが助けなければならない。
それに延明は気づいたのではないかと思うのです。
だから人生がこうなってしまったことにある意味感謝し、こうなって初めて本当の友情が何であるのかに気づき、本当の意味で人を愛せるように、人を求めるようになってきたのではないかと思うのです。
こうならなければ、出会えなかったかけがえのないものに出会えたのです。
もちろんそれは、多くの犠牲の上に成り立った真実です。
亡くなっていった人たちのことは忘れてはいけません。
失われてしまった命は取り戻せませんが、延明はこの先、より多くの命を救うことになるのでしょう。
桃花と一緒にです。
桃花は、唯一心を許した祖父を奪われ、両親に売られ、後宮に無理矢理入れられ、こちらも無為な日々を過ごす怠惰な人生を送っていました。
桃花は延明を救いましたが、同時に、自分自身も救ったのです。
大きな志は、自分一人で為し得るものではありませんでした。
これまでの数年は不幸な人生を送っていました。
それでも延明と出会ったことで、これまでの人生を無為にしない道を得ることができたのです。
3巻で、延明は言いました。
桃花が男性では困ると、桃花が女性で後宮に入ってきてくれたからこそ救われた命があることを、桃花に伝えます。
そして桃花は、誇り高き後宮の検屍女官だと。
おそらくこの瞬間、桃花は自覚したはずです。
延明が自分にとってかけがえのない存在なのだと。
人から自分がどう思われるのか、どう見られるのかは、問題ではないのです。
自分で自分が分かっていればいい。
そして、少なくとも延明と桃花は、それを認め合っているのだから、それだけでいいのです。
本巻は、延明と桃花にとっては、正念場とも言えます。
これまでに取りこぼされていた謎たちにも、ある程度、答えが出そろうと思われます。
そして、延明と桃花は対等な関係だということ、延明が桃花を守るように、桃花も延明を守るのだということを、実感できる1冊となっています。
後宮の検屍女官4
前巻のラストが衝撃的な連絡で終わっていましたので、本巻が出るのを、それはもう心待ちにしていました。
点青は、とりあえず置いておいたとしても、延明がどうなってしまったのか、気が気ではありません。
この絶体絶命のピンチに桃花が活躍できるのか、誰かが、桃花の手助けをしてくれるのか?
延明がいない中、どうやって桃花が検屍をするのか?
色々な疑問が、頭をよぎる中、物語は進んでいきます。
誰が敵で、誰が味方なのか、事情が絡み合っていて、少し混乱しましたが、最終的には一筋の光が見えてきて、桃花が真相に気付きます。
桃花はあくびも我慢して、寝るのも我慢して、延明のために懸命に頑張るのです。
皆が諦めたとしても、桃花だけは諦めません。
身内の疑心暗鬼も払拭させ、桃花は延明の判断を信じます。
延明は残念ながら活躍できませんし、瀕死の状態まで陥りますが、これまで桃花と一緒にやってきたことが、実を生し花開き、延明自身の身を助け、道を切り開いたのです。
策を弄して、陥れようとした輩は、その策に溺れたとも言えます。
そして、、
延明が桃花を大好きなんだということは、これまで以上に、如実にわかりました。
少なくとも、互いが互いに、自分の人生にとってはかけがえのない存在なんだということを自覚しましたし、それが相手にも伝わったように思います。
以前、桃花は織室で共に働いていた小海という宦官の検屍をしたことがあります。
小海の死を悲しんではいても、小海の検屍を躊躇うことはなかったように思います。
ですが、桃花は延明の検屍はできないと自覚しました。
延明に対する想いのほうが勝って、冷静な判断ができないと悟ったのだと思います。
桃花にとって延明は、対等な友人ということのようです。
以前、桃花は、いつか後宮から解放されたら、検屍官をタラシ込み妾にでもなって、検屍の場に入るのが夢だと言っていました。
だから検屍官以外の男性には興味がないとも言っていました。
ですが、その夢は、いつの間にか大きく変更されていたのです。
それを知った延明は、友達どまりであることを寂しく思う反面、同じ夢を追う同志もしくは相棒という関係も悪くはないと、思ったような感じがしました。
読者としては非常に残念ですが、この微妙な関係を楽しむのもまた一興と思うことにします。
何にしても、1巻から少しづつ残っていた燻りに対して、大体の答えが提示された本巻は、これまで以上に、読み応えがありましたし、色々と納得できるものでした。